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『シャンタラム』&辻仁成 [〜老眼はつらい〜]

書籍のレビューは映画と違い難しい。
少年期に、夏休み中の読書感想文の宿題に毎年悩まされた体験がトラウマになっているのか?
映像を自分の言葉で表現するのは簡単でも、すでに文字になっているものを、自分の言葉に変えるのは、オリジナルを冒しているようで苦手である。
 
てな訳で、本の話題が暫く遠のいてはいたが、月2、3冊のペースでは老眼に苦しみながらも読んではいたので、久方ぶりに最近のお気に入りを少々ご報告。 
 
まずは、私にしては珍しく長編大作にチャレンジ[パンチ]
 
シャンタラム〈上〉 (新潮文庫)

シャンタラム〈上〉 (新潮文庫)

  • 作者: グレゴリー・デイヴィッド ロバーツ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫
シャンタラム〈中〉 (新潮文庫)

シャンタラム〈中〉 (新潮文庫)

  • 作者: グレゴリー・デイヴィッド ロバーツ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫
 
 
 
  
シャンタラム〈下〉 (新潮文庫)

シャンタラム〈下〉 (新潮文庫)

  • 作者: グレゴリー・デイヴィッド ロバーツ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫
 
世紀の[ぴかぴか(新しい)]大傑作[ぴかぴか(新しい)]である[exclamation×2] 
 
人生50年のオッチャンでも、久しぶりに魂を揺さぶられる大作であった[どんっ(衝撃)]
 
この小説を敢えてジャンル分類するならば、読者のスタンス・感性によって幅広い分野にまたがるであろう。
 
血湧き肉踊る任侠ギャング・ハードボイルド小説
すれ違う男女の機微を描いたラブロマンス
謎が謎を呼び陰謀渦巻くサスペンス
人間の善悪から宇宙論までを説いた哲学書
バックパッカーが悦ぶインド旅行案内
etc.・・・・
 
こうように書くと、多くの要素を欲張り過ぎたとりとめの無い作品に思えるかもしれない。
しかし、作者の実体験を元にした壮絶な一人の男の半生を、見事なまでの構成力によって綴られた「一冊の人生のバイブル」として完結しているのだ。
 
強盗の罪で服役中のシドニーの刑務所から脱獄、インド・ボンベイへ逃亡。スラム街で無資格の町医者として潜伏。
やがて街のマフィアのドンにスカウトされ裏社会に身を落とし、ついにはイスラム戦士としてアフガニスタンにて戦争に赴く。主人公シャンタラム(通称リン・ババ)は、脚色されたとはいえ、筆者グレゴリー・デイヴィット・ロバーツのそのものなのだから驚きである。 
 
主人公の数奇な運命の行方に胸ときめかせて頁をめくっていると、随所で多くの人間によって語られる「人生訓」のような言葉に行き当たり、そのめくる指を止めざるを得なくなる。自分のしがない過去の体験とも重ね合わせながら、その「言葉」の意味を噛み締め、今まで歩いてきた道とこれから歩まざるを得ない道に想いを巡らせる。
 
そしてリンが巡り会う人々の描写の素晴しさ〜まさに人間そのもの。人種・国籍・境遇・・・各々が背負った荷物は違えど、限りある命を振り絞りながら、みな光輝いている。スラム街のタクシー運転手・ブラバカル。魅惑のスイス出身のビジネスウーマン・カーラ。崇高な信条を貫くマフィアの首領・カーデル。リンの人生を左右する主要人物以外も魅力溢れる登場人物が目白押し。一冊の小説そのものが息づいている。
さらに、珠玉の言葉が場面場面でとめども無く流れ、心の琴線に突き刺さる。 
 
リンが貧しくも穢れなきスラムの住民ブラバカルに聞く。
「苦しみってなんだい?人が苦しむってどういうことだと思う?」
「そんなのは簡単なことです。苦しみというのは飢えのことです。他に何が苦しいっていうんです。何かに飢えていなければ、何かに苦しんでいることにはなりません。そんなのは誰でも知っていることです。」
 
知的なカーラとの会話に、彼女のシニカルな一面が見える。
「真実というのは私たちみんなが好きなふりをしている、いじめっ子みたいなもの」
「人生があなたを笑わせなかったなら....それはあなたにオチがわからないだけのこと」
「最悪の惨事は物事を変えようとする人々によって惹き起こされる」 
 
カーデルは禅問答のような問いかけをリンに度々おこなう。
「善い人間も悪い人間もいない。それが真実だ。善と悪は人のおこないの中にあるものだ。善いおこないと悪いおこないがあるだけのことだ....人がどんなおこないをするか、あるいはどんなおこないをすることを拒むかが人を善と悪に結びつけるのだよ。」
「ときには正しい理由から、まちがったことをしなければならないこともある。大事なのは、その理由が正しいものであると確信し、自分はまちがったことをしていると認めることだ〜自分に嘘をつかず、自分がしていることは正しいことだと自分を納得させなければならない。」 
 
最終節でのリンの回想は、私自身の過去にそして、もう少し残っているであろう自分の未来に、「後悔先に立たず」と共に「もっと違う自分との出会い」に胸熱くさせるのであった。
「私はずっと思っていた。運命は変えられないものだと、生れ落ちた瞬間に定まるものだと、星の軌道のように揺るぎないものだと。そうではないのだ。人生はもっとずっと奇妙なものなのだ。もっとずっと美しいものなのだ。たとえどんなゲームに巻き込まれようと、どれほど運が良かろうと悪かろうと、たったひとつの考えで、たったひとつの愛の行為で、人生を完全に変えることができるのだ。」 
 
こんな凄い小説を10代の頃に読んでいたら、私はなりふりかまわずリュックサックを背負ってインドに旅立っていたと思う。 

リンの友人ヴィクラムが話す。
「ここはインドなんだ。ここは“心の国”なんだよ。ここでは心が王様なんだ.....二百も言語があって、十億もの人間が住んでるこの国を。心がインド人をひとつにしてるんだよ。インド人みたいな心を持つ国なんてほかにはないよ。」 
 
圧倒的な筆致と構成により、『人間が生きるということの素晴しさ』を謳った、まさに現代の「千夜一夜物語」だ。
 
ジョニー・デップ主演で、この映画化権をワーナーブラザーズが獲得も、いまだクランクインされていないようだ。
絶対に観たいが、どこまで原作のリアリティに迫れるかが問題だな。 
 
この小説には『素敵な言葉』が多過ぎて、文庫本は付箋紙だらけになってしまいました[がく~(落胆した顔)]
たまたま見つけた「カンミ堂・ココフセン」というフィルム付箋紙が、優れものにて大活躍[ひらめき]
おしゃれなカラーリングと扱い易さ。Sサイズはケースごと文庫本の表紙の裏に張り付けても邪魔にならない。
 
 
 
お次は大好きな小説家であり、私が唯一嫉妬する有名人・・・辻仁成
 
右岸 上 (集英社文庫)

右岸 上 (集英社文庫)

  • 作者: 辻 仁成
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2012/02/17
  • メディア: 文庫
右岸 下 (集英社文庫)

右岸 下 (集英社文庫)

  • 作者: 辻 仁成
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2012/02/17
  • メディア: 文庫
江國香織との共作。といえば、辻が男性、江國が女性の視点から書いた『冷静と情熱のあいだ』が思い出される。
今作は十何年ぶりに、そのスタイルの再現である。この『右岸』に対し、江國は『左岸』という、対岸に立ち見つめ合う男女を見立てたような題名だ。
辻仁成は、小説の内容・構成により文体を変えるカメレオンみたいな小説家である。直木賞作家の江國ファンも読む事を想定した『右岸』は、芥川賞作家にしては、非常に読み易い文体と構成だと思う。
 
設定がユニーク過ぎる。主人公は「巨根の超能力者」祖父江九。小生とは双方とも全く縁の無い能力です[あせあせ(飛び散る汗)]
九の幼少期、隣家に住む惣一郎・茉莉兄弟との交流から物語は始まる。スプーン曲げに目覚め、注目の少年になるも、TV番組で能力を出せず詐欺師扱い。そして若過ぎる惣一郎の自死。サーカス団での家族3人の幸福も束の間、父の死。以来、屈折した青年期を過ごしながらも、日増しに膨らむ茉莉への想い。悔恨の茉莉との一夜から海外へ放浪の旅に。記憶喪失となって帰国、茉莉との再会。
更に強まる超能力を自在に操りながら、九は真理探究の道に踏み出して行き...
 
「スピリチュアル」な作品というより「魂の物語」だ、いや「魂の扱い方の指南書」である。
九の数奇な人生を通して、「人それぞれが持つ能力を、生きていく過程でいかに使うか」を訴える。
 
「駆けっこが得意な人、暗算が得意な人、体の柔らかい人、おしゃべりの得意な人、人間には人それぞれに特別な才能があるやろ。ぼくはただスプーンが曲げられるだけやん。」「神様は深い意味があって九ちゃんにその力をお与えになったと。人生の中からその本当の意味を探す方が大事やけん。」...これ小学生の会話なんですけど[あせあせ(飛び散る汗)]
 
辻仁成氏自身のポジティブな生き様そのものを、敢えて非現実的な設定に押し込む。とにかく九の人生は悲しみの連続であり、愛する者との悲痛な別れが常について回るのだ。「いかなる悲しい場面に遭遇しても、そこに人生の意味と有り難みを見つけなさい。その後の人生がまた違って見えるはずだ。
そんな九が50歳を過ぎた頃に、常に彼の隣にいるのが、一度も結ばれる事のなかった初恋の女性・茉莉。近づく死を薄々感じながら、生きている事に大いに感謝する九の姿が見える。
 
小生も五十を過ぎる身となり、最近は「生きている」よりも『生かされている』実感が強い。別に恋女房に餌付けされている訳ではなくて、身近な人間とりわけ自分より若い者の死を目の当たりにしたりすると、自分が生きながらえているのは、何か理由があるのかと考える。さしたる才能も、世界平和に命を賭ける意気地も無いのだが、常に感謝の気持ちを持って生活すべしが信条なのである。プライベートであれ仕事であれ、せめて関わった人達に男女関係なく、明るい光が降り注ぐよう日々生き抜いてみたいと思う今日この頃。
 
同じ辻仁成作品でも、実はこちらの方が小説の傾向としては断然好きなのですが・・・
ダリア (新潮文庫)

ダリア (新潮文庫)

  • 作者: 辻 仁成
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/04/27
  • メディア: 文庫
こちらも「スピリチュアル」なのだが、「右岸」とは対極のダークな香りが立ちこめる。
グロテススク場面さえも美しさを感じる、私の偏愛する彼の文体が随所に顔を出す。
精神の普遍性を、時空を行き来するダリアという青年と3世代の家族との関わりを通じて描く。
登場人物の誰が生きていて、誰が幽霊なのか?チャプターごとに時間軸は目まぐるしく変わり、読者は軽い錯乱状態に陥りながら、作者が模索する「生と死」の摂理に近づいて行く。
 
「〜命が消えたあとにも、あなたの世界は残るのだから」 
 
ロック・ミュージシャンから作家に転身して20年を迎えた辻仁成が紡ぐ命の言葉たち。
 
南果歩をボロ雑巾のように棄て、中山美穂をモノにし偉そうにパリに暮らす、憎むべき同世代の天才。
この絶対的な嫉妬心は近親憎悪に近い。時代感覚、芸術嗜好、女性の趣味...小生の持つモノと結構カブるのだ。
その上、彼は自分の弱さ・汚さを隠す事なく、美しい日本語で自己を、一片の破綻無く表現してしまう。
凡人の小生には到底辿り着けない、堂々たる馬鹿正直な生き様。
愛して止まない小説家のひとりである...[ダッシュ(走り出すさま)] 
 
 「エコーズ」は当時は全く聴かなかったのだが...青春してるなぁ〜[わーい(嬉しい顔)]
このリードヴォーカルが後に芥川賞作家になるとは
 
 

『憂国忌』 [〜老眼はつらい〜]

11月25日は『憂国忌』・・・三島由紀夫の命日である。
 
遥か昔の記憶。1970年、小学生だった私が学校から帰宅すると母親が「大変な事になったわ!」とテレビを見入りながら興奮気味に呟いていた。なにやら、世間で大事件が起きたらしいのだが、当時小学校低学年の私には流れるニュースの内容も正確に理解できない。母の説明により「有名人が切腹自殺した」という事実だけが何とか吞み込めたのだが、翌日の新聞で血みどろの部屋の片隅に転がる人間の首らしきものが写っている白黒写真を見て、強い衝撃を受けたのであった。当然「三島由紀夫」という人物も事件の背景も解らなかったが、「切腹」という歴史ドラマの中でしか知らない行為が、あの昭和の時代に現実に起きたという事実が子供心に鮮烈であり、生々しい写真の残像と共に、「ミシマ」の名は私の脳裏に深く焼き付く事になった。
 
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中学の夏休みの読者感想文の宿題。 
前年の京都旅行の連想から偶然書店で見つけた「金閣寺」を題材にした。文学者・三島由紀夫との初めての邂逅である。それまで、純文学と呼ばれる作品には全く縁の無かったロック少年は、聖水でできた氷の結晶の如く美しい文体に、瞬く間に囚われの身となった。今思えば、14、5歳の少年に、この名作の心髄を読解できる道理も無いのだが、滅び行く美への憧憬とオドロしいまでの人間の精神世界に踏み込んだ筆致は、記憶の底の生首写真と渾然一体となり、初めて「三島由紀夫」なる者が私の頭の中で形作られた。それは淳朴な心に、触れていけない禁断の木の実の味を知ってしまったような、一種の罪悪感と優越感を覚えさせ、その美味には逃れられない微かな毒が含まれていた。
 
その後、三島氏の主要作品を読み漁り、三島事件に関する文献・資料に目を通すほど、彼に傾倒した時期が暫く続いたのだった。右傾化耽美主義ニヒリズム・・・思春期の少年はかぶれやすいものである。(幸い、同性愛だけは影響を受けなかったが...)しかし、自分自身が少年を脱皮し、多くの社会経験を積んでいくに従い、彼の思想や生き様への心酔度は薄れていき、成人を過ぎた頃には純粋に単なる「文学者」としての三島の一ファンなっていくのであった。
 
そんな三島由紀夫氏が亡くなって41年が経過したのだが、久方ぶりに「読書の秋」に併せて、当時読まなかった彼の作品を何点か続けて読んでみた。
 
若きサムライのために (文春文庫)

若きサムライのために (文春文庫)

  • 作者: 三島 由紀夫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1996/11
  • メディア: 文庫
 
 
 
  
対談が主。 彼独特の文体の美しさは堪能できない。
しかし、半世紀前に発した「病める現代ニッポン」を見通したような数々の警句は、「目から鱗」であり、作者の千里眼には驚きを隠せない。そして彼が紛れもない「憂国の士」で在った事を再認識する。三島事件への端緒を彷彿させる発言にも出会える。
 
近代能楽集 (新潮文庫)

近代能楽集 (新潮文庫)

  • 作者: 三島 由紀夫
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1968/03
  • メディア: 文庫
日本古来の能楽を下敷きに現代風に創作した戯曲集。いわゆる台本なのだが、瀟洒な会話が男女の機微を見事に表現されている。原典は知る由もない能楽音痴の私でも十分楽しめる内容で、すべての短編が味わい深い。
最後の会話・一行が「オチ」となっており、一編ごとに読む側は苦笑い、感嘆の声を上げ、途方に暮れ、想いに耽る事ができる。
 
音楽 (新潮文庫 (み-3-17))

音楽 (新潮文庫 (み-3-17))

  • 作者: 三島 由紀夫
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1970/02
  • メディア: 文庫

 
 
 
三島小説の中では異色作であるが、絶品だ。 
発表当時は婦人雑誌に連載されており、一般の女性読者を意識してか、主要な作品と比べて非常に読み易い。
三島独特の研ぎすまされた文体は影を潜めているが、登場人物の緻密な描写や流れるような展開には、やはり舌を巻かざるを得ない。
精神科医による不感症の女性の治療記録の形式をとる。彼女の幼児体験まで遡り根本的な治癒をめざす医師は、この絶世の美女に幾度も翻弄される事となる。淡い恋情と医師の誇りの狭間で、彼女の本性との激しい戦いが続けられ、一歩一歩核心に迫る展開はサスペンス小説並の緊張感を醸し出す。
「性と生」の深き課題を、精神医学的側面も取り込みながら解き明かし、「女の魔性」の領域にまで踏み込んだ三島氏の隠れた名作だ。
〜それは色彩の少ない部屋の中に、小さな鮮やかな花のように浮かんでいるが、それが語りだす言葉の底には、広漠たる大地の記憶がすべて含まれており、こうした一輪の花を咲かすにも、人間の歴史と精神の全問題が、ほんの微量ずつでも、ひしめき合い、力を貸し合っているのがわかるのである。私たち分析医は、この小さな美しい花をとおして、大地と海のあらゆる記憶にかかわり合わねばならぬのだ。」(62頁)
美しい文章だなぁ[ぴかぴか(新しい)]
 
最後に極めつけの作品。
不可能

不可能

  • 作者: 松浦 寿輝
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/06/22
  • メディア: 単行本

 
 
 
三島作品ではない。しかし、強烈に面白かった[どんっ(衝撃)]
1970年、市ヶ谷の自衛隊総監室で壮絶な割腹自殺を遂げた本名・平岡公威が、実は死にきれずに生きていたという設定である。その平岡が動乱罪による永い獄中生活から解放され、齢八十翁として現代に生きる姿を描いている。 
たぶんに松浦氏は、相当な三島由紀夫ファンであり研究者なのだろう。随所に作者の「三島への愛」を感じるのだが、私が少年期に心酔したような経験が彼にも同様にあったに違いない。同じ者を偏愛した人間だけが共有できる連帯感を勝手ながら覚えてしまう。
三島由紀夫に興味の無い読者には全く売れないであろう超限定コア読者向け小説なのだが、私は一気に読み込んでしまった。若き彫刻家に首の無い石膏像を作らせる件から平岡老人の前半生を振り返り、後半は一転してミステリー仕立ての完全犯罪劇に変貌する摩訶不思議な作品。三島を彷彿させる文体や諸作品からの借用・パロディが散りばめられ、現実に三島が演じた「生と死」を大いなる皮肉と溢れんばかりの愛情を持って再検証した幻想譚だった[ぴかぴか(新しい)]
 
 
 
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梅雨時の読書 [〜老眼はつらい〜]

関東も漸く梅雨明け。
う〜ん。
蒸し暑さのせいか、さらに読書のスピードが急降下のような......[ふらふら]
一気に読める小説が必要だ。

家霊 (280円文庫)

家霊 (280円文庫)

  • 作者: 岡本かの子
  • 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
  • 発売日: 2011/04/15
  • メディア: 文庫
    檸檬 (280円文庫)

    檸檬 (280円文庫)

    • 作者: 梶井基次郎
    • 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
    • 発売日: 2011/04/15
    • メディア: 文庫





とりあえず、集中力持続の為、短編集を続けて....280円シリーズです[exclamation]

恥ずかしながら、「岡本かの子」なる女流作家があの「岡本太郎」の実母という事さえ知らなかった[あせあせ(飛び散る汗)]
「檸檬」は、遥か昔の中学時代に読んだ記憶が朧げにあったが、内容は明確に覚えていない体たらく。

2点ともすでに『古典』の域にさしかかった作品だが、新漢字・新かな遣いに改められ、難解な語句には注釈も付けられた「現代版若者仕様」に衣替えしている。
本来なら私のようなオッサンは、原文で読めねばならぬ年代だが、無理は禁物。解らん漢字を飛ばしては意味がなし、されど学生気分で辞書片手という労力は“惜しむ”のである。なにしろ通勤読者家なので。

両作品とも、久しぶりに美しい日本語と触れ合ったという感慨に浸れる。280円、万歳[exclamation×2]
あっという間に完読です。ありがとう、ふりがな[わーい(嬉しい顔)]

「岡本かの子」は、表題作より、どことなく醒めた乙女心の余韻を残した幕引きの「鮨」「娘」が好きだ。
「梶井基次郎」は、やはり「檸檬」か?レモンを爆弾に見立てて、丸善の本棚に仕掛ける行は、今読んでも新鮮だ。

美しい日本語回帰という事で、お次は...

潮騒 (新潮文庫)

潮騒 (新潮文庫)

  • 作者: 三島 由紀夫
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 文庫

三島作品は、中高生時代にほとんど読破したが、この氏にしては異色作と云われるこの作品だけは、未読であった。
まさに青春純愛小説で、かつて読んだ作品とは一線を画すが、三島独特の言葉の美しさは不変である。
映画も観たくなった。もちろん山口百恵主演作。

潮騒 [DVD]

潮騒 [DVD]

  • 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
  • メディア: DVD

そして、この梅雨時の個人的ヒットはこれだ。

ファントム・ピークス (角川文庫)

ファントム・ピークス (角川文庫)

  • 作者: 北林 一光
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2010/12/25
  • メディア: 文庫

宮部みゆき絶賛」に惹かれて(とはいいつつ宮部作品はほとんど知らない[ふらふら])購入。
パニック・サスペンスの形体であるが、文章に品格が感じられ、重厚感ある仕上がりとなっている。
山中での連続女性殺人事件の犯人像は、前半で早くも察しがつくのだが、それでも一気に読ませてしまう筆力が凄い[パンチ]
上記の大正・昭和の名著とは、全く違うジャンルで比較もできないのであるが、「言葉の美しさ」という共通項によって同類に括られる作品であると私は思うのだが。

北林一光・・・私と同年生まれ。脱サラから44歳にして、この長編作を書くも、翌年癌により急逝。市販された作品は、彼の死後に発売された同著のみである。自分と同級生である彼の生き様に一瞬考えさせられる。

サスペンス小説としては、ありふれた題材であり、読者を驚愕させるどんでん返しが用意されている訳でもない。
されど、安曇の自然と主人公の想いを切々と綴りつつ、迫り来る恐怖を1枚づつ積み上げていくような緊迫感を醸し出す筆致は、絶品である。
久々に感動する新作に出会った。
映像[映画]だとこんな陳腐な感じになると思うのだが....
[ぴかぴか(新しい)]やはり、文学の力は偉大なり[ぴかぴか(新しい)]

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初夏の読書〜吉村昭づくし〜 [〜老眼はつらい〜]

震災以降、読書のペースが落ちてきた。

自分では平常心を保っているつもりだが、真摯に本と向き合う気持ちが少々欠けていたのかもしれない。
「ペースを戻す為には、短編集が良いだろう」という事で・・・

名短篇、ここにあり (ちくま文庫)

名短篇、ここにあり (ちくま文庫)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2008/01/09
  • メディア: 文庫

よし[exclamation]ペースを掴んだぜ[手(チョキ)]
珠玉の名短編を推薦してくれた北村薫・宮部みゆき両氏に感謝である。
二人が選考した12の短編は、ほとんどミステリーの範疇と呼べる小説ではあるが、背筋が凍るような話から思わずクッと苦笑いするもの、???連続の不可思議なお伽噺風まで、非常にバラエティに富んでいる。

その中でも異質な光を放って私を狼狽させた一編は、吉村昭の初期の作品「少女架刑」
儚い死を遂げた少女が、死んでいる彼女の視点から、献体された自分の体が研究用に切り刻まれ、最期に荼毘に付され灰となる過程を、淡々と美しい文体で綴られていく。戦慄が走った短編だった。

吉村昭の小説は羆嵐しか読んだ事が無く、彼へのイメージはノンフィクション小説家として固定していたので、この短編は驚きであった。

そして
三陸海岸大津波 (文春文庫)

三陸海岸大津波 (文春文庫)

  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2004/03/12
  • メディア: 文庫

密林では一時品切れ中だったこの作品が、銀座のブックファーストで山積みされているのを見つけ、即購入。

この作品は、私の吉村昭のイメージ通り。
徹底した史実調査を元に、明治29年・昭和8年・昭和35年の三度の三陸海岸を襲った津波の記録を、曖昧な感傷などは一切排除した筆致で書きつらねている。
昭和45年刊行ということで、明治29年の被災者の生々しい証言も収められており、膨大なデータとその検証と共に、当時の災害状況が詳細に伝わってくる。岩手県田野畑村羅賀では、明治の大津波が、海抜50メートルの小高い丘に建つ民家までせり上がって来た事実は衝撃的であった。小学生の作文集も公開されており、幼い目に映った惨状は胸を突く。

そして当然、現在の読者は、今回の東日本震災との対比を否応無しに求められる
インフラが未整備の明治・昭和初期での官民一体となった救援体制も詳細に記録されており、現在のなにかと批判の多い政府の対応との比較も興味深い。ともあれ情報の少ない近代においても、被災地への国民の支援の輪は、今も昔も変わらぬ日本人の一体感を感じさせる。
小説は、度重なる災害に対しその対策が進み強化された事にも触れている。高所への住宅移動、非難訓練、防潮堤の建設、なによりも住民の津波に対する認識の深化。
明治29年 2万6360名
昭和8年 2,995名
昭和35年 105名
津波の規模や種々の要素により単純な比較はできないが、確実に死者数は減少傾向にあった。
「津波太郎」とまで冠せられた2度の壊滅的打撃を受けた岩手県田老町では、昭和33年までに日本最大規模と呼ばれる防潮堤を完成させた。「津波は時世が変わってもなくならない、必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人たちは色々な方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにないと思う」明治の大津波から3度の被災を経験した長老の話で小説は結ばれている。

photo.jpg
報道の通り、この防潮堤でも今回の20メートルを越す大津波を防ぐ事はできなかった。
しかし逆に、この防潮堤が無かったら、被害は想像を超えた規模になったのも明白なのである。

人間と自然との戦い。
「津波が来るからといって、宝の海を捨てられるものか」と、故郷の低地に戻り、命を落とした人たち。
繰り返される人間の過ちと故郷への熱き想い。自然に対峙する人間の叡智と努力。
それを丸ごと飲み込んでしまう人智を超えた自然の力。



徹底した調査と資料収集によって、過去の多くの犠牲者の声なき声を伝え、次代への警鐘を記した壮絶な記録小説である。

そして、今を生きる我々も、今回の震災(原発も含めて)を次代に語り継いでいかねばならない責務にある事を痛感させられた。同じ惨劇を繰り返さぬ為に。

勢いで吉村作品を続けて・・・
戦艦武蔵 (新潮文庫)

戦艦武蔵 (新潮文庫)

  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/11
  • メディア: 文庫

膨大な資料に圧倒される記録小説である。

大和」と「武蔵」が同時期に造られた全く同型の戦艦であった事を初めて知る。
「戦艦大和」は、帝国海軍最期の巨大戦艦としての逸話の多さや「宇宙戦艦ヤマト」の強烈イメージの為、戦争を知らない世代でもその名を知らぬものはいないが、戦艦武蔵についての実態を知る人は圧倒的に少ないと思われる。
その「戦艦武蔵」の設計から建造、実戦配備から沈没に至る『一生』を克明に描いている。

普通の戦争小説ならば、勇ましい海戦を中心に書かれても不思議ではないが、そこは吉村昭。
小説の大半の頁は、竣工に至るまでの詳細な記録に費やされている。
この巨大戦艦が、如何に秘密裏に建造できたかの謎をひとつひとつ解き明かすように、膨大な資料からの解析により、緻密な建造日誌のごとく克明に記されいるのは驚嘆である。当時の関係者の腐心が手に取るように解る筆力は圧倒的だ。

時代はまさに、海戦の雌雄を決するのが、戦艦の火力差から、戦闘機の機動力に重きを置く空母の運搬力に変わりつつあった。明白な戦術の変化を認識しつつ、日本は世界一の巨大戦艦の建造に邁進する。この非論理的な判断が、いつしか浮沈戦艦「武蔵」の神話を形成し、「武蔵」が沈まない限り日本は負けないという妄信に繋がっていく。
勝算のない日米開戦を踏み切った軍部の愚かな判断が、日本国の「集団自決」となった事実。作者は、武蔵の一生を伝える事で、当時の我が国の狂信的風潮を暗に批判しているように思われた。直接的な表現は何も使わずに。

壮絶な最期の描写は哀切このうえない。
米側は武蔵を日本の精神的支柱と見るや、他艦には目もくれず執拗に集中攻撃を繰り返す。
6度に亘る米軍機の攻撃により、魚雷20本・爆弾17発・至近弾20発以上の大損害を受け、遂に武蔵はフィリピン・シブヤン海に沈む。無数のコヨーテに執拗に襲われながらも走り続けた一匹の巨象が、徐々に切り刻まれ、血を流し尽くし、最期に絶命したように。

作者は、戦艦武蔵を戦争を象徴化した一種の生き物として描いた。
その生物の生涯を、作者自身の主観を徹底的に排除して克明かつ淡々と描く事により、「武蔵」を生んだ世相(=戦争を選んだ日本の風潮)を強烈に指弾しているように思えて仕方ない。
この一大叙事詩は、単なる戦争記録小説の範疇を超越した昭和文学の金字塔である。

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「傷だらけの天使〜魔都に天使のハンマーを〜」矢作俊彦 [〜老眼はつらい〜]

昨日、御本社様から「業務に支障のない者は、無理な出社は控えるよう」とのお達しが届いた。
計画停電による交通障害を配慮し、なんとも社員思いの会社ではあるのだが、ほとんど「業務に支障のない」小生は、当然の如く出社してみた。電車はがら空き、オフィス街にいつもの喧噪はなかった。
雑事をとりあえずこなし、定時に帰路に着けば、魅惑の我が盛り場「錦糸町」のネオンは悉く消え、馴染みの映画館もサウナも営業停止状態。日経ダウ大引けは大暴落である。

テレビの凄惨な映像ばかり見ていて、悲壮感に浸っているだけではいけない。
一方的な情報に翻弄され、カタストロフィに怯えてペシミズムに嵌っている場合ではない。

一日も早く日常に戻らなければ、街が死んでしまう。日本が沈んでしまう。

犠牲者の方々に祈る気持ち、被災地への支援の姿勢は人として、当然である。
が、我々がまず心がけねばならぬ事は、私達自身が平常になることではなかろうか。

無理する必要は無い。いつものようにガツンと仕事をし、いつものようにグビグビ飲みに出よう。
それが復興への第一歩だ。意気消沈した首都・東京を目の当たりにし、私はそう思った。




通常モード

私の携帯電話は着信音なしの24時間マナーモードである。時も場所も選ばず鳴り響く呼び出し音は、マナー違反だと心得ているし、まして見知らぬ人々の前で「着メロ」など小っぱずかしくて鳴らせない。
しかし、電話をかけてきたお相手に対し、こっそりと「待ちうた」だけは登録しているのである。


判る人だけニヤリとして戴ければ有難い“マイ・フェバリット・ソング”だ[ぴかぴか(新しい)]

このテレビドラマには、当時、子供ながらにドップリ嵌ってしまった。

綾部情報社のチンピラ請負調査員「修(オサム)」と「亨(アキラ)」の可笑しくも哀しき物語。
70年代当時の鬱屈とした若者達の姿を、時に暴力的に無軌道に、時に天使のように美しく描いた伝説的ドラマである。
とにかく、俳優転向間もない萩原健一=ショーケン(オサム)の粋な格好悪さに憧れた。
「アニキ〜」の決まり文句で一世を風靡した水谷豊(アキラ)のヘマさ加減に痺れた。
「ムーミン」の声優役だった岸田今日子(綾部貴子)の摩訶不思議な妖艶さにおののいた。

どうしようもない自墜落な生活ながら弱い者にはトコトン優しい男。こんな「兄貴」になりたいと幼気な少年を夢想させるほど危険な影響度大のドラマであった。
今の女房に出会わなければ、私も「修」くずれになって「宿無し」になっていたかもしれないと思う今日この頃。

そんな強烈な思い出のあるTVドラマが小説になっているではないか[exclamation]しかも、当時から30年後の設定で[exclamation×2]
傷だらけの天使 魔都に天使のハンマーを (講談社文庫)

傷だらけの天使 魔都に天使のハンマーを (講談社文庫)

  • 作者: 矢作 俊彦
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/02/15
  • メディア: 文庫
ららら科学の子」の矢作俊彦が描く抱腹絶倒、70年代を知る者には涙が止まらない悶絶エンターテイメント[どんっ(衝撃)]

風邪をひいたアキラを死なせてしまい、彼の亡骸を夢の島に捨ててから30年。
小暮修は、東京郊外で長閑なホームレス生活をしていた。
或る日、彼の名を語ったホームレス仲間が惨殺される。真相を突き止めるべく、修は不思議な役人とコンビを組み、因縁の街・新宿歌舞伎町に乗り込むのであった・・・

TVドラマを観ていた者でなければ、この小説に想いを寄せる事は不可能であろう。まさに年齢超限定オッサン仕様作品と云える。

高度成長期一服の70年代。とてつもないスピードで繁栄したニッポン経済の中で、「ちょっと忘れ物をしていなかったかな?」と旧き日本を少し振り返った頃。日本人が多様な価値観に目覚め、ギラギラしていた時代かもしれない。

随所に現れる洒落た会話に、思わず納得ニタリ。

綾部貴子との再会シーン
貴子「それで今、何してるの。お腹すかせているんじゃない?」
修「ええ、相変わらず。いつも胸のすく思いを求めて腹をすかせてます
・・ん〜私もそうかも[ちっ(怒った顔)]
昔のアキラのように修に懐いてきた役人・滝伸次(愛称シャークショ)との会話。
滝「最初にお会いした時から、この人はただものじゃないって」
修「おだてても何も出ないぞ。ーーーおれはただものだ。 ああいうのとは、いくら金を積まれても馴染めない」
滝「ああいうの?」
修「勝ち組って言うんだろう。勝ち馬なら乗れるが、勝ち組には乗れないからな。乗ろうとしても乗せてくれない。乗りたくもねぇや」
・・・それが男だ[パンチ]
盗んだスカイラインGTRをもぐりの中古車屋に売りにいったが、二束三文で叩かれて。
修「この車、何か知ってるのか?泣く子も黙るスカGだぞ。鈴鹿でポルシェ904をかわしたんだぞ。平凡パンチ創刊号のグラビアを見たことないのか。このウスラ蛸!」
・・・涙がでるわ[もうやだ~(悲しい顔)]
綾部貴子(米寿?)との衝撃の再会とその娘?らしい美少女・澪との出会い。殺人犯探しが、いつしか「新宿浄化」を目論む巨悪との対決へとストーリーはヒートアップ。解決の糸口は、修の知る訳も無いネット社会の中にあった。かつて暮らしたペントハウス(不法占拠だったが)のビルのオーナーの一人娘・典子の協力を得て、ヴァーチャル世界に侵入した修が見たものは、昔のままのリーゼント頭の「アキラ」だった・・・

昔の登場人物達が、そのまま30年後に続々と登場する。
この胸のトキメキは、70年代へのノスタルジーか?はたまた時代の変遷にも変わらぬ男気への憧れか?

極めつけの修の台詞。
「毎日聞くのはロックでも、生まれ育ちは浪花節」
まさに私の信条でもある[どんっ(衝撃)]

冬の読書つれづれ [〜老眼はつらい〜]

この一ヶ月余りで、例によってジャンルに拘らず読んだ本を羅列します。
途中に小林秀雄なんぞを久しぶりに読み始めたら、急に読破ペースが緩んでしまい、とりあえず彼の作品には丁重にしおりを挿み、次の本に浮気してしまっている状態です^^;

猿の証言 (文春文庫)

猿の証言 (文春文庫)

  • 作者: 北川 歩実
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/10/08
  • メディア: 文庫
文庫本は、レコードのジャケ買いのような衝動買いはまずしないのだが、めずらしくこの本には手が伸びてしまった。
「類人猿は人間の言葉を理解できる―井手元助教授は、天才チンパンジーを使った実験のテレビ収録を試みるが失敗に終わる。大学を追われ、失踪した井手元。残されたチンパンジーは井手元が殺されたと“証言”した!やがて浮かび上がった、人類のアイデンティティーを揺るがす禁断の実験とは?“早すぎた傑作”待望の復刊。」
この宣伝文句と不可思議な表紙に興味をそそられた訳である。

SFミステリーに分類されるのであろうが、単純な犯人探しに終始しない処が数多のミステリーと一線を画する。
生態学や遺伝子工学という一般人には程遠い学問が、解りやすくかつ論理的な説明としてストーリーに織り込まれており、あたかも人間とチンパンジーの混血が実在してしかるべきといったイメージを読者は持たされてしまう。
江森・新谷両名の事件への必要以上の入れ込みようと、度重なる容疑者の死による二人の推理の瓦解は、多少あざとい感覚も伴う。が、幼少期の「スプーン曲げ事件」のよる二人のトラウマが、ストーリーのもうひとつの伏線にもなっている。
未だ見ぬ「チンパースン」が頭をよぎる中、物語は二転三転し、読者を小パニックに陥いらせ、愛憎渦巻く見事なエンディングで作品のテーマを叩き付けて来る。

人間の狂おしいまでの自己顕示欲と果てる事なき科学への探究心。禁忌への畏怖と挑戦。そして母なる存在とは、母の定義とは・・・

単なる復讐劇では表現できない人間の罪深さを、科学という極めて数理的な分野から生々しい血の因縁に変遷させる事により、おぞましいまでに描いた秀作だと思う。


邪馬台国はどこですか? (創元推理文庫)

邪馬台国はどこですか? (創元推理文庫)

  • 作者: 鯨 統一郎
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1998/05
  • メディア: 文庫
歴史の常識と言われる事件を、数々の正式なデータを元に覆す爽快歴史学術書。
「岩波新書」風に生真面目に論じてもさまになる所を、場末のBarに集う客とマスターの会話形式にしたユニークな評論である。
読みやすい上に、斬新な発想の転換が心地良い。
歴史上の大きな事件や人物に焦点を合わせ、6つの章に分かれている。

①仏陀(ぶっだ)  「ブッダは悟りを開いていない」
②邪馬台国     「邪馬台国は東北地方にあった」
③聖徳太子     「聖徳太子と推古天皇が同一人物」
④織田信長     「本能寺の変は信長の自作自演の自殺」
⑤明治維新     「明治維新の黒幕は勝海舟」
⑥イエス・キリスト 「キリストの復活はトリック」

六章すべてが一見、荒唐無稽なこじつけ話に聞こえるが、歴史上の確証を積み上げていけば、多くの解釈が生まれる可能性を示唆しており、教科書で教えられた事が決して曲がらない史実だとは限らないのである。
キリスト編の「イエスの磔は、直前にキリストとユダが入れ替わっており、処刑されたのはユダである」という『奇蹟』の証明は特に興味深かった。(こんな話しは冗談でもキリスト教国ではできないだろう)

確かに神話や偉人伝と呼ばれるものの多くは、後日に歴史上の勝者によって編纂されており、それが時の為政者に都合良く歪曲されていても不思議ではない。

だからこそ「歴史の浪漫」とは無限大であり、尽きることの無い夢を魅せてくれるのである。


ナラタージュ (角川文庫)

ナラタージュ (角川文庫)

  • 作者: 島本 理生
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2008/02
  • メディア: 文庫
突如、恋愛小説[ムード]を読みたくなり、手に取った本がこれ。

作者が21歳の時の作品なのだが、あえて自分の娘に近い年代の著者を選んだ。
いい歳の男が書く甘ったるい小説には辟易するが、若い女性の恋愛観を覗きみたかったのは事実。
されど、今時のネット小説の絵文字まで飛び出してきそうなライトな感覚は苦手で、「日本語」を大事にした小説を探していたのである。

この恋愛小説がすごい!2006年度」の第一位に輝いた作品で、いかにもに若い女性の共感を集めそうな内容である。女子大生・泉の一人称で綴られる女心が瑞々しい。こんなオッサンが感情移入するのは不可能までも、現代女性の思考回路と女性本来の逞しさを垣間見れる。
それと対比する形で、男性陣の女々しさが際立っており、オッサンは「もっと小野も葉山もシャンとせんかい」と説教したくなるのである。
高校教師と元教え子の純愛小説の形式をとりながら、男女の根本的な「人を慈しむ心の有り様」の差を描いているように感じた。人を愛した記憶を重ねながらも成長できる女性と、記憶との決別にいつまでも苛む男性。
やはり女は偉大なる海であり、男はその中で戯れる魚なのかもしれない。
バスルームで泉が葉山の髪を切るシーンが非常に印象的であった。

こういう美しい文章を書ける作家は好きだ。(さすが芥川賞候補常連作家である)

三たびの海峡 (新潮文庫)

三たびの海峡 (新潮文庫)

  • 作者: 帚木 蓬生
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1995/07
  • メディア: 文庫
「閉鎖病棟」以来、久しぶりに彼の作品を読んだ。
戦時下での朝鮮人強制連行を題材にした骨太小説(フィクション)である。
「従軍慰安婦」で一時はマスコミ等でも大きく採り上げられ議論となった戦後補償問題も、終戦65年を迎え、日本人の脳裏からは次第に薄れている。
自分の戦争感を述べるつもりはないが、歴史的事実とは常に勝者によって語られるものだし、また真実とは必ずしもひとつではない。ゆえに戦時中の歴史的検証がなされた日本軍の行為は事実であるし、またその事実のみがすべてであったとは考えない。

喧嘩の仲直りでよく出る話しだが、「殴った方はすぐ忘れても、殴られた方はずっと覚えている」のである。
そういう意味でも、この小説は、「近くて遠い国」と言われる隣国との関係を、殴りつけた痛みを忘れてしまった拳を見つめ直すには最適だと思われる。

朝鮮半島に住む一青年が故国から日本に連れられ、九州の炭坑で常に死と隣り合わせの重労働を科される。
日本人作家が、その青年の視点で一人称で描く炭坑内での生活は鬼気迫るものがある。
その地獄から抜け出した青年が日本人女性と恋に落ち、身重の彼女と故国に帰る過程はさらに胸に熱くさせる。
故郷で親子3人の貧しいながらも幸せな生活が始まろうとしたのも束の間、彼女と赤子は日本に連れ戻される。
それから40年が経過し、彼は人生の清算をすべく再び日本の地に足を踏み入れるのだった・・彼にとって3度目の海峡を渡る旅だった。

前述のように歴史社会的な見識を高めるだけでも秀逸な小説であるが、それ以上に崇高な「血と地の連なりの強さ」を感じずにはいられない。故郷の土と民族の血そして親子の血。いかなる障害や災厄に会おうと、人間である限りこの繋がりだけは決して失われない事を。

ラストの主人公の遺書に綴られた命を賭けた復讐が、作品のトーンを萎えさせたように感じ、唯一残念でならない。

溺れる人魚 (文春文庫)

溺れる人魚 (文春文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2011/02/10
  • メディア: 文庫
ミステリー短編集。
溺れる人魚」「人魚兵器」「耳の光る児」「海と毒薬」から成る。

肩肘はらずに軽快に読める良作。
厳密にミステリー然としているのは表題作のみである。
「海と毒薬」を除いては、主人公のポーランド人シュタインオルトの体験を科学・医学的背景を元にノンフィクション風に綴っている。
3編に共通するのは、果てしない科学者の探究心によって犠牲となる人々の話しであるという事。
猿の証言」のテーマとも一部酷似しているのは偶然であろうか?

科学・医学の進歩が世界の繁栄に繋がったのは言うまでもないが、その陰で歴史に埋もれた悲劇が数多あったであろうと作者はサラリと描く。

3編とは関連性の無い作品である最後の「海と毒薬」が、アンデルセンの『人魚姫』をテーマに据え、哀しく恐ろしい人間の性(さが)を浮かび上がらせる。利己的な人間を愛したが為に、海の泡となった人魚姫の儚き魂が、4つの短編を最期に結びつけさせる、なかなか洒落た構成に拍手であった。


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新春の3冊 [〜老眼はつらい〜]

初春に3冊の歴史小説を読み切った。

若い頃は歴史小説には興味がなかった。
歴史上の人物を描いたところで、その人物の人生は確定されたものであるから、基本的に筋書きが決まっているのである。大人物から人生訓を学ぶだけなら、日経新聞の「私の履歴書」の方がよっぽどリアリティがあって勉強になる。
とにかく、読み初めから結末が想像できるような小説は性に合わぬと決めつけていた。
本当の一番の理由は、少年期に日本史・世界史が大の苦手だった事に尽きるのだが・・(年号憶え大嫌いじゃ[ちっ(怒った顔)]

それが最近、歳のせいか読めるようになってきた。
それでも、偉人伝系よりも、歴史に名を残さぬ者達の話しや、時代背景は昔でも創作力に富んだ小説が中心である。

吉原御免状 (新潮文庫)

吉原御免状 (新潮文庫)

  • 作者: 隆 慶一郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1989/09
  • メディア: 文庫
隆慶一郎・・・恥ずかしながらこの作家を知らなかった。正確に言うと、どこかで聞き覚えのある名だとは思っていた・・・そう漫画『花の慶司』の原作者だ。私は、小説家ではなく単なる漫画専門の原作者だと思い込んでいたのである。隆慶一郎の偉業を讃えるコラムを偶然目にしたことから、手始めに彼のデビュー作を読んでみた。

面白過ぎる[exclamation×2]

ほぼ史実に基づき、歴史上実在の人物が多く登場するのだが、作者の破天荒な発想力と想像力溢れる構成で、異次元の「心躍る剣豪小説」となっている。

江戸時代。徳川幕府が唯一、公認した遊郭吉原発祥の謎を、家康影武者説(徳川家康は関ヶ原以前に死んでいた)や柳生一族の暗躍を絡め、宮本武蔵の弟子・松永誠一郎(実は天皇家のご落胤)の男の物語として解きほぐしながら描いている。
なんと魅力溢れる登場人物達。時代考証が精緻な上、瑞々しい文体により、目の前にその人物が浮き上がって来る。
主人公・誠一郎のみならず、吉原の総名主・幻斎、花魁・勝山と高尾、柳生宗冬・義仙。おしゃぶと八百比丘尼。きりがない。随所に挿入される和歌や川柳(バレ句)が、色里・吉原を更に艶かしく輝かせる。一方で、緊迫感たっぷりの筆致で描く決闘場面は鮮烈かつ圧巻の迫力。誠一郎と高尾の甘い夜から血煙沸き立つ裏柳生との闘い。
クライマックスである勝山の最期と誠一郎・義仙の決戦、そして誠一郎が覚悟を決めた傀儡舞に至る件は、感動的である。

歴史的事実が骨格ではあるが、その解釈と史実の結びつけが荒唐無稽の大風呂敷。それが決して低次元の歴史フィクションにならないのは、「日本語の美しさ」と「時代背景」を知り尽くした作者の面目躍如たる処か。

このデビュー作は、作者が還暦を過ぎてから書かれた。遅過ぎた新人であり、遅れてきた怪物作家だ。
この作家への興味が突然沸き起こり、勢いもう1冊[パンチ]

花の慶次 完全版 全15巻セット

花の慶次 完全版 全15巻セット

  • 作者: 隆慶一郎
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2009/07/25
  • メディア: コミック
ではなくて・・・こちら[左斜め下]

一夢庵風流記 (新潮文庫)

一夢庵風流記 (新潮文庫)

  • 作者: 隆 慶一郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1991/09
  • メディア: 文庫
「花の慶司」の原作本である。
漫画の方は、以前に3,4冊を喫茶店で読んだ事はあった。
漫画家の原哲夫の代表作といえば「北斗の拳」
両作とも漢(おとこ)の生き様を描いているが、どうしても慶次がケンシロウと被ってしまい、完全読破するには集中力が持続できなかった。その漫画の原作である。

前田慶次郎〜実在の人物である。
この歴史に埋もれた武将を、隆慶一郎は掘り起こし、独自の創造力で魅力溢れる“漢(おとこ)”として生き返らせた。
「吉原御免状」同様、歴史上の事件に忠実に基づきながらも、慶次郎の行動を飛躍的に逞しく、美しく描き、「こんな事あり得んだろう」という数々の逸話が、さも事実のように錯覚してしまう筆力の素晴しさ[ぴかぴか(新しい)]
粋で風雅でとにかく強い。「傾奇者」であり、いつもでも少年の純粋さを持ちながら「さむらい」の心根を人一倍持つ。
これじゃ、どんな男も女も馬までも惚れちまうわいという漢(おとこ)なのである。

取り巻く登場人物も魅力たっぷり。慶次郎に男惚れした悪党共、「捨丸・金悟洞・骨」。良妻賢母のイメージをぶち壊した利家の妻・「まつ」の強き美しさ。慶次郎が惚れた男・直江兼続。朝鮮から連れてきた伽姫

戦闘場面は胸躍る。が、私は「佐渡攻め」での忍びが自分の素性を話す「骨」との会話や、「難波の夢」での死の床にある利家との和解の場面が好きだ。男同士の言葉の中に漢を見る。
「傀儡舞い」では、デビュー作で核となる人物・幻斎を登場させるファン・サービス。

乱世から太平に向かう過度期、ある意味最期の戦国の武士(もののふ)の心意気を清々しく綴った怪作であり、

まさに
hideyosi (1).jpg作品だ[exclamation×2]

奇想天外な歴史小説という事で興味をもった作品を続けて・・・3冊目

友を選ばば (100周年書き下ろし)

友を選ばば (100周年書き下ろし)

  • 作者: 荒山 徹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/11/25
  • メディア: 単行本
海を渡って中世ヨーロッパ・英仏の話し。
これはまたハチャメチャな設定だ[exclamation&question]

あの「三銃士」で有名なダルタニアンが、英国から仏国に潜入した怪盗団を追う大活劇である。
キリスト社会を崩壊させる古代の秘宝を巡り、西洋の剣術の煌めきのみならず超能力や魔法も飛び出し、敵味方が入り交じっての冒険と友情。

謎の隻眼の東洋剣士と共に、陰謀渦巻く賊の本拠地スコットランドの湖に辿り着いた彼が目にしたモノとは・・・

荒唐無稽な筋書きと強引な設定に、呆れる前に「にたり」とほくそ笑んでしまう。

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非情に楽しい小説ではあったが、隆慶一郎作品を立て続けに読んだ後では分が悪い。
決定的に文章の品格が違う。ゆえに登場人物の本質に迫る描写が弱く、感情移入も中途半端にならざる得ない。
心の琴線に触れる“言葉”とは残念ながら出会えなかった。

どんなに良く出来た筋書きでも、表現力の巧拙によって、読む者に伝わる力は大きく変わる。

『日本語』の素晴しさと同時に恐さを再認識した。

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隆慶一郎(1923〜1989)

小説家デビューが61歳。

実質の文壇活動は僅か5年。

酒と漢(おとこ)と日本語をこよなく愛した稀代の作家である。



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『鷺と雪』北村薫〜ベッキーさんシリーズ完読 [〜老眼はつらい〜]

北村薫の作品に初めて触れたのは盤上の敵 (講談社文庫)である。

緻密な構成と非情な結末に、素直に凄いと思った。
それ以上に、前半部の被害者が猟銃を奪われるシーンの静謐さと緊迫感の描き方が非常に印象に残った。
「今までの私の作風を期待している人は読まないで」みたいな巻頭の作者の言葉が、元々ミステリーファンではない私には、その意味がよく解らなかった。ただ、その後に敢えて彼の作品を追いかけるまでには、到らなかった。

昨年、なんとなく手に取った空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)を読んだ。
これには、はまった[exclamation] こんなミステリーがあるなんて・・・いや、ミステリーと呼んでよいのか・・・
日常の、小さな人間の悪意がもたらした謎を、時に優しく時に残酷に解き明かす「円紫師匠」と女子大生の「私」。
情景描写の品格の高さ。魅力溢れる登場人物達。
読後に同一作者だと知った。なんで女子大生の女心を、このオッサンはこんなに可愛らしく描けるんだ、と。衝撃。「盤上の敵」が彼にとっては異色作である事が判明。

一気に「円紫さんシリーズ」5部作を読破。
空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)
夜の蝉 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)
秋の花 (創元推理文庫)
六の宮の姫君 (創元推理文庫)
朝霧 (創元推理文庫)
自他共に「正子」ファンになりました^^

「赤頭巾」「夜の蝉」がお気に入り



ようやく「ベッキーさんシリーズ」に追いついた時に、『北村薫 直木賞受賞』のニュースに触れるという次第。

街の灯 (文春文庫)
玻璃の天 (文春文庫)
鷺と雪

鷺と雪

  • 作者: 北村 薫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2009/04
  • メディア: 単行本
「円紫さんシリーズ」同様、女性主人公「花村英子」の1人称。英子が、ぶち当たる謎に対しベッキーさんの協力を得ながら解決していく構成も、円紫さんパターンそのままである。そして、人生の師匠ともいうべきベッキーさんとの交流を通して、主人公が女性として人間として成長する姿を描く点も似ている。

この安心感。まずこれが北村ファンが惹き付けられる魅力なのかと気付く。所謂「水戸黄門」的な展開は日本人の好む処。されど決して単純なハッピーエンドでは終わらない、余韻を残した結末。

前シリーズとの差は、謎解きのロジックが更に複雑になっている事。時代背景が鬱屈とした昭和初期である事。そして、小さな人間の悪意を描く以上に、人間の想いだけでは抗えない、見えざる時代の大きな波を感じさせるロジックになっていることか。

中学生の可憐な少女が徐々に成長し、まさにこれから女の華を咲かせようという時に、時代は戦争という暗い坩堝に向かって突き進んでいく・・・最終章では、英子のこれから降り掛かるであろう人生の苦難を暗示しながら、静かに幕を引いていく。

もうオジサンは、英子が我が娘のように、心配で心配で・・・と、なってしまう訳である。

最終章の「鷺と雪」の終盤は胸に迫るものがある。

 「-----善く破るる者は滅びず」「はい、わたくしは、人間の善き知恵を信じます。」

ベッキーさんこと別宮みつ子と桐原勝久との最期の会話。

そして、英子の電話のかけ間違いで「必然的」に繋がった淡い想いを寄せていた若月英明との会話。

騒擾ゆき

3部作の散りばめられた9つの様々な結晶体のような短編が、ここに美しく集結し、ひとつの真っ白な雪の結晶として昇華された。


おまけ
『初冬の北の丸公園』

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お粗末でした^^;

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『孤鷹の天』澤田瞳子 [〜老眼はつらい〜]

原則、文庫本しか買わない。

単行本の表装に心奪われる時もあるが、読書時間は通勤・出張移動中と限定しているので、鞄に入りやすいのを優先しているからだ。やっぱり安いし。
その為、衝動買いし、一度も開かれていない単行本が、私の本棚に数多く積まれている。

新聞書評が絶賛だったので、久しぶりにこの分厚い単行本を購入。

孤鷹の天 (こようのてん)

孤鷹の天 (こようのてん)

  • 作者: 澤田 瞳子
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2010/09/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
電車の中での読みにくさも鞄の重みも気にせず、一気に読んでしまった!

感動作であった。

歴史小説の王道〜売れ線と云えば、戦国時代か幕末期が定番。この小説は、奈良時代の「藤原仲麻呂の乱」という歴史上では、極めて小さな事件に脚光を当てている。なにしろ1200年以上前の天平時代である。戦国時代あたりと比べると、歴史的事実の伝承も検証も確固たるものはない、がゆえに、私はよけい浪漫を掻き立てられる。
まだ、「武士」という階級も存在せず、大陸からの渡来人も多い中、「日本国」という国づくりが、ようやく胎動し始め、「日本人」のアイデンティティが形作られていく時代である。

高向斐麻呂(たかむくのいまろ)は、貴族・藤原清河家の使用人。憧れの存在であった清河の娘・広子の為、遣唐使に任ぜられたまま中国から帰国できない清河を連れ戻そうと、自ら遣唐使になるべく、今で云う中央官僚を輩出する「大学寮」に入学する。斐麻呂14歳の春であった。
儒学を教育基盤としたその大学で、彼は友人・先輩・教官との出会いの中で「この国を必ずや、よい国にするのだ」という『官』の志を学び成長していく。
ある日彼は、人間としての地位を剥奪された奴婢・赤土と出会い、学内で隠れながら共に勉学に励むのだった。

前半からぐいぐいと引き込まれる。
当時の社会情勢・政治的背景を巧みに折り込みながら、まるで学園青春ドラマのように少年達が活き活きと描かれている。大学潜入が発覚し、袋だたきになりながら赤土が握りしめた木簡(ノート)に書かれた言葉。『徳、孤ならず。必ず隣あり』それを助けられなかった斐麻呂達の悔恨。

時の権力者、太政大臣・恵美押勝(藤原仲麻呂)と阿部上皇(孝謙上皇)との対立は、儒教と仏教の抗争でもあった。「大学寮」の深い理解者でもあった押勝ではあるが、一時の権勢に翳りが見え始めていた。無事、大学寮を卒業した斐麻呂ではあったが、大学出身者には既に閑職しか務める職はなかったのである。押勝は、上皇側の巻き返しに焦りを募らせ、ついに挙兵するに至るが、多くの内通者の裏切りにあい、敗走。琵琶湖畔で敢え無く討ち死にする。このクーデターは、その後、大学寮及び卒業生を巻き込んだ政争へと発展する。斐麻呂はとある日、上皇の恩赦により良民となった赤土と再会するのであった・・・

中盤の戦闘場面は、女性作家とは思えない筆力。斐麻呂と赤土の妹・益女との恋。因縁の二人の再会。広子の悩み。少年少女から血気溢れる若者達となった彼らの想いが、丁寧に描かれており、どの人物に対しても感情移入ができ、胸が熱くなる。

淡路島に流された押勝の傀儡であった大炊王(淳仁天皇)を再度擁立しようとする勢力の中に、大学寮関係者も多く含まれていた。斐麻呂の敬愛する先輩・雄依は、先の乱で直前で上皇側に寝返った高丘比良麻呂を誅殺せんとするが、敢え無く返り討ちとなる。その姿を目の当たりにした斐麻呂と赤土の心は、音を立てて大きく変わっていく。大学寮の役人になっていた斐麻呂は、反乱軍に加わるべく、単身淡路島を目指す。一方、上皇側直轄の役人だった赤土は、自分の後ろ盾であった和気王を陥れた見返りに、妹・益女に死罪を着せられる。彼女の腹には、斐麻呂の子供が宿っていた・・・

中盤以降、展開が更にスピードアップし、本を閉じる事ができない
後半は「自分の為に学生寮に入り、役人になった斐麻呂が何故?」と、彼に淡い恋心を持つ広子が動き始める。同様に、彼を取り巻く多くの人々が、己の信念に基づき行動を起こしてゆく。
淡路島の激戦を通して、斐麻呂と赤土の最期はいかに!という感じで、物語は終焉を迎えるのである。

澤田瞳子〜この作品が、小説デビュー作というのだから驚きである。時代小説傑作集などの編集者として活躍していたらしいのだが、いきなりの長編小説に挑戦だ。今までの編集者としての経験と蓄積、歴史小説・古代日本への深い造詣と愛情を、一気に花開かせたというべきか?

個性溢れる登場人物達を瑞々しく描き、また随所に表れる中国の名言の引用が、多少説教臭いながらも、心に響く。
特に私が惹かれた人物は、熱き若人達より、裏切り者の烙印を押された大外記・高丘比良麻呂と大学寮の教官・巨勢嶋村の生き様。

比良麻呂「この国を必ずや、よい国にするのだと。だから今は太志を裏切るのだと、ちゃんと言葉に出して言うべきでございました。ひょっとしたらそれがしには、あ奴らのひたむきさがあまりに眩しかったのかもしれませぬ。自らが裏切り者となり、女帝の元に走っても、あ奴らには天に背かぬ若人でいてほしかったのやも。公は定(とど)まれ、予は往かんのみ、と。そう申すべきでございました。」

島足「教え子をむざむざ死ねせるのが、決して徳ではあるまい!」
嶋村「確かに徳とは申せませぬ。ですが義と信じる道をあえて妨げるは、不仁でございます。」人を思いやり慈しむ気持ちを指す仁は、諸徳の筆頭である。仁なくして、忠や義といった他の徳目はありえない。人はすべて仁者でなければならない。そして不仁は不忠であるが、不忠は不仁ではない。

儒学の心得が薄い小生でもジーンとくる場面の連続であった。

現代日本の世相、特に政治の混沌と対比しながら、「官」のあり方、「日本人」の心持ち、そして「人」としての生き方を改めて考えさせられた作品であった。会社という不条理な組織に悩むサラリーマンにも、一読の価値あり!

礒部王の言葉を最後に。
「子、曰く。与(とも)に学ぶべきも、いまだ与に道を適(ゆ)くべからず。与に道を適くべきも、いまだ与に立つべからず。与に立つべきも、いまだ与に権(はか)るべからず。人は決して、他人の生き方を責められはせぬ。それぞれがこうと信じた義は、どれが正しく、どれが間違っていると断定できるものではないのじゃ。」

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「乾山晩愁」葉室麟 [〜老眼はつらい〜]

最近、日本の古美術がマイ・リバイバル・ブームみたいである。

乾山晩愁 (角川文庫)

乾山晩愁 (角川文庫)

  • 作者: 葉室 麟
  • 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2008/12/25
  • メディア: 文庫
日本の絵師5人にまつわる短編集。

1)乾山晩愁〜尾形乾山
2)永徳翔天〜狩野永徳
3)等伯慕影〜長谷川等伯
4)雪信花匂〜清原雪信
5)一蝶幻景〜英一蝶

各々の芸術家の生き様を、史実に基づきつつ、味わい深い文体で描いた小説である。

美術展巡りはひとつの趣味ではあるが、絵画の道にさほど詳しい訳ではない。
「心動かせられるものとの出会いを求めている」と、言った方が正しいかもしれない。

かろうじて名前だけでもを知っていたのは、狩野永徳と長谷川等伯。残る3人の名は、初めて知った。
短編から「人となり」が想像されると、どうしてもその作品も見てみたくなる。私にとっては無名の3人をご紹介。

尾形乾山  「おがたかんざん」と読んだ時点で、日本美術を語る資格は無いらしい。「おがたけんざん」と読む。実兄が、私でも知っている「尾形光琳」
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←(風神雷神図)で有名な巨匠である。

その偉大な兄の影で、愚直なまでに己の作品を作り続けた陶芸家である。弟が器を焼き、兄が絵付けをした初期の名品が多く残されている。小説では、兄・光琳が没した年、乾山54歳からの後年を描いている。兄との回想場面から、兄弟の静かなる確執・美意識の違いが窺えて興味深い。
光琳「絵に情なんかいらん、美しかったらええんや。世の中の義理やら情に足すくわれたら宗達(俵屋宗達)はんのような絵は描けんで」
乾山「わしは鈍やさかい、道を見つけ出すのに時間がかかる。兄は光輝く光琳やったが、わしは乾いた山や、このままでは花も咲かんがな」

今風で言うと「下手うま」かもしれません。
乾山「わしは書には自信があるが、絵では兄さんにおよばん。素人同然や
されど、溢れ出る感性が、足らない技術を凌駕する!
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70歳を過ぎてから江戸に下った乾山は、晩年は絵筆をとることが多くなった。
小説にも登場する「花籠図」
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(兄さんにとって絵を描くことは苦行やった。この世の愁いと闘ったのや。そうしてできたのが、はなやかで美しい光琳画や。わしは、愁いを忘れて脱け出ることにした。それが乾山の絵や)


「花といへは千種なからにあたならぬ 
            色香にうつる野辺の露かな」





享年81歳。
自己の境地をとことん追求して止まなかった孤高の芸術家である。



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(乾山に関する楽しいコラムを見つけた)









清原雪信 「きよはらゆきのぶ」五編の中で唯一、登場する狩野派の女絵師。という事で狩野派のお勉強。
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狩野探幽の弟子・久隅守景の娘「雪」が雪信である。
探幽の直弟子となり、閨秀画家としての頭角を現し始めた矢先、同門の男性と駆け落ち。破門されたが、その後京都に上り、町絵師として活躍する。
井原西鶴の「好色一代男」に「白繻子の袷に狩野の雪信に秋の野を書かせ、」と書かれている。

5つの短編の中では一番好きだ。成長する女絵師の姿を、当時の江戸狩野派の本家争いを背景にして活き活きと描いている。売れっ子絵師の地位をかなぐり捨てて、同門・守清の元に走る雪信と、その妹を必死で守る兄・彦十郎。「情たっぷり」の洒落た短編である。

彼女の作品は、瀟酒かつ優雅。要するに(くどくなくて、おしゃれ)(キューティー&エレガント)若き日のオードリー・ヘップバーンみたいな女性だったのかな?
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最後に
英一蝶 「はやぶさいっちょう」と読む。本名・多賀朝湖。狩野安信の元に入門するも、放蕩生活により破門。吉原通いで遊びつつ、自ら太鼓持ちとして旦那衆から小銭を稼ぐ気侭な暮らし。風俗画を描きながら、俳諧にも親しみ、幅広い交友関係を持っていたと云う。ついに、遊びが過ぎて、三宅島に12年間流罪になる。江戸に戻り、「英一蝶」と名乗り、町絵師としての名声を築く事となる。

朝湖と大奥上臈・右衛門佐との儚い恋がいい。大奥内の権力争いに巻き込まれながら、身分を超えて惹かれ合う二人。流罪の原因も小説内では、この権力闘争が遠く関係していると書かれている。ひもじい配流生活の中で、初めて「絵を描く事は、生きる事そのものだ」実感する朝湖。江戸に戻った彼は、島流しに挫けなかった絵師として、もてはやされる事になった云う。
興味深いのは、前章の久隅彦十郎(清信の兄)が登場したり、一章・乾山晩愁で語られた「赤穂浪士討ち入り」の原因が実は、朝湖が
右衛門佐に託した秘策だったり・・・ばらばらのはずの五編の短編が、実は繋がっているという仕掛けも、おつなものである。

流罪の原因とされた「朝妻舟図」
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「布晒舞図」
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彼の交友関係の中で、俳諧師「宝井其角(たからいきかく)」が登場してびっくり。我が街の鎮守「三囲神社」にある石碑に刻まれている俳諧が、そのまま引用されていた。

日本美術歴史の勉強と通り過ぎていた隠れた名匠との出会い。これだけでも有難いのに、静謐な文体で綴った芸術家達の「それぞれの闘い」。名作だと思う。

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